上段の間
上段の間
宮門跡として明治まで代々皇族や摂関家が門主(住職)を務め、時の天皇の仮御所ともなった格式高い寺院であり、本山修験宗の総本山。それを証明するかのように、境内は狩野派による豪華絢爛な障壁画に彩られています。
大玄関から上段の間まで続く金碧障壁画には花鳥や賢人、また雄大な自然が描かれています。また、廃仏毀釈の際には廃寺となった末寺から本尊を預かったため、現在も多くの不動明王像が安置されています。後水尾天皇が女院のために建てた優美で繊細な書院(現在修復工事中)は御所から移築されたもの。これらの貴重な文化財が公開されます。
宸殿には狩野山雪の子、狩野永納と、狩野探幽の養子、狩野益信による金碧障壁画100余面が納められており、緑青や朱を使った迫力溢れるものから、墨を主として描いた落ち着きのあるものまで、幅広く描かれています。
聖護院は、明治の廃仏毀釈の際に廃寺となった末寺から預かった不動明王像を多く安置しています。本堂に安置されている不動明王像は平安後期の作で、聖護院の数度の火災を免れ、守られてきたものになります。
宸殿は法親王が居住する門跡寺院の正殿である。書院造の影響を強く受けているが、寝殿造の形式を残し、宮殿風に造られている。 現在30畳の部屋は明治以降に改造され、板張りの仏間(内陣)となった。
役行者を宗祖とする本山修験宗総本山。寛治4年(1090)、白河上皇の熊野御幸で護持僧を務めた増誉大僧正に、「聖体護持」から2字をとった聖護院を与えられたことに始まります。代々、皇族か摂関家が門主(住職)を務め、天明の大火により御所が火災に遭った際は、光格天皇の仮皇居ともなりました。総本山として、法要の際は全国から多くの山伏が集まり、大規模な護摩修行が勤行されます。
宸殿と本堂
本山修験宗総本山 聖護院門跡 〒606-8324 京都市左京区聖護院中町15
京都駅から約25分、阪急河原町駅から約10分。特別公開中は境内駐車不可。境内南側にコインパーキング有り。
Shogo-in Temple is the headquarters of "Shugen-do", a harmonious religion of Japanese-made Buddhism and mountain (or other animism faith) worship. This temple has been known as "Miya-monzeki" since many people from the royal family served as chief priests. In buildings, you can see about 130 pictures on the sliding door decorated with vivid colors and gold-leaf backgrounds.They are painted by the Kano school's painters in the Edo period. The buildings "Shoin" transferred from the Kyoto Imperial Palace(Kyoto Gosho) and a considerable number of Buddha statues are also one of the highlights.